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光射す世界

 暗闇。ただひたすらに真っ暗闇。光を見なくなってからどれくらいの時が経っただろうか。
ひびの入った鏡の行き先なんて物置に押し込められるか、捨てられるかそのぐらいだろう。布を被せられたのか外を見ようと思ってカガミをのぞいても何も見えない。まあ俺の存在が消えていないということはまだ捨てられて灰になったわけではないのだろうが。ただ光が無いのは精神的にくるものがある。いっそ殺せとすら思う。
 あとどれぐらいの時を過ごせばいいのだろう。冷たい石畳の上で何度も眠り、目が覚め。それを繰り返す。そしていつか目が覚めなくなればいい。そう思っていた。
 ある日のことだ。
「ママ!これなにかな!」
 聞き覚えのない幼子の声が聞こえたと思ったと同時に一気に明かりが差し込んだ。布をひっぺがえしたのだろう。明るい光の中に見たのは澄んだ瞳と無垢な笑顔。こちらを一心に覗き込んでくる少女に不覚ながらも胸が高鳴ってしまった。
 久々に見た光によるフィルターもあるのかもしれない。けれど彼女の笑顔は何物にも劣らない至高の宝物のようにしか見えなかった。


 そこから俺は物置から運び出され彼女の部屋に掛けられた。ヒビが入っており綺麗に映らないのに。親と思わしき女性に何度も確認を取られていた。こんな古ぼけたものじゃなくても新しいのを買うのに、とかそんな感じの。ごもっともである。それでも彼女はこれがいい!といって駄々をこねていた。それに負けてその女性は何も言わなくなった。
 こんな鏡に何の魅力を感じたのか。
 物置から出てある程度の時が経ってわかったが彼女は変わった子だ。
「鏡よ鏡!」
 そう言って語り掛けてくるのだ。ある日はこの世で一番美しい人はだれかと聞いてきた。またある日は合わせ鏡をして遊んで、新品の服を買ってもらった日にはくるくる回っては笑っていた。
 ふと思った。彼女と話したいと。話すことができるのではないか。
 姿を見せたら彼女は驚くだろうか。
「かがみよ~かがみ!」
「お前それ、楽しいか?」
 今日もまた性懲りもなく話しかけてきた彼女に俺は初めて話しかけてみた。彼女が丸くした蒼い瞳に一層と光が宿った。
「おしゃべりできるの?すっごーい!あなたは誰?」
 突然現れた俺に対して彼女は興味津々だった。特に怖がる素振りがないのは子ども特有の適応力の高さからだろうか。
「さあ」
「じゃあお兄ちゃんは鏡の妖精さんだね!」
「妖精っていう見た目に見えるのか?」
「うふふ」
 楽しそうに笑う彼女の笑顔がもっと見たい。
「水鏡だよ。ミカガミ。」
「水鏡さん!私はね、氷海!氷海って呼んで!」
 名乗ったのは久々どころか初めてなような気がする。自分の名前を呼ばれるというのはこそばゆい何かを感じた。その日から彼女は毎日のように俺を呼ぶようになって、いろんな話をした。
「そっちの世界はどうなっているの?」
「私ね、将来パパとママみたいな立派な人になりたいの!」
「私おとぎ話が大好き!
みてみて!こんな感じに王子様と踊るのが夢なの!」
 よくもまあ毎日元気なものだ。けれども何もないこちら側からすれば数少ない娯楽だ。俺の世界には他に何もないのだから。

「鏡よ鏡!」
今日も無邪気に俺を呼ぶ声がする。さて、彼女と何を話そうか。
彼女をどれだけ笑顔にできるだろうか。

 

<完>

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