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 人間は光合成が出来ない。必要な細胞もないし、そのための仕組みも体内に存在しない。大多数の人間は食物を口に入れ、咀嚼し、嚥下する。しかし、どうしても光合成する人間が見てみたい。そんな依頼を受けてしがない研究員|五十嵐 京《いがらし けい》は1つの作品を作り上げた。

 それ被験者Cと書かれた部屋のなかに居た。無機質な部屋にそぐわない天蓋付きのベッドに守られるように少女はうずくまっていた。部屋には何もないため暇でも時間の潰しようがなかったのだろう。正午になり食事の時間だ。担当研究員である五十嵐京を先頭に何人かの研究員がその部屋に入る。突然の騒がしさに彼女は体を起こし視線を送るが、寝起きでその顔は歪んでいた。おそらく17、8歳程度の少女。端正な顔立ちに白い肌、赤い唇。初めてこの実験室に入った研究員はその可愛らしさに息を飲む。そんなことは気にも止めずこれから何をされるのか察した少女はベッドから降り、実験用の椅子に座った。なにやら大きな機械が組み立てられていく中、研究員のとった真っ白な二の腕に1つ無機質な機械が埋め込まれていた。両腕両脚に1つずつの計4つ、腰に2つ、頸部に1つ存在する機械、つまるところプラグに組み立てた機械から伸ばしたケーブルが差し込まれていく。

 これが彼女の食事風景だ。彼女は肉、野菜を取らない。電気をエネルギーにして生きているのだ。前もって言っておくが彼女は人間である。人の胎内から生まれ、それなりの人生を歩んできた。

被験者なので彼女は実験材料、モルモットだ。ただ無為に生かされているわけではないので体内のモニタリングを行うために充電ケーブルとは別に機材を腕に巻かれていた。しばらくしてモニターに映された心拍数や呼吸数の上昇から彼女がどこか食事を恐れているのを表していた。涼しい顔をしながらも内心は恐れを抱いているその虚勢を張っている姿に高鳴りを覚えている研究員多数。この研究所はどこか倫理観がズレている人が多いことを脳の片隅にでもおいておいてほしい。

 それはとにかく、大体のメカニズムはというと。人間は筋肉を動かすときも、情報を得て他器官に伝えるときも、脳が思考するときも微細な電気を使用する。体内で作るはずのものを体内に蓄えてしまえばいいのではないか、つまり蓄電池を体内に入れればいい、というのが五十嵐の答えであった。研究所内の電気は太陽光発電でその8割ほどを賄っている。太陽で作られたエネルギーで活動している彼女は事実上の光合成だ。とんちでしか無いのだが、その所長は大層その発想を気に入ったようであった。

 しかし残念ながらその技術は未発達で、摂食の光景はなかなかに悲惨であった。見てもらったほうが早いだろう。

「あ、ああああっ!」

一番下っ端の充電のスイッチをいれ、高出力の電気が彼女のもとに流れ込む。技術が未発達のため充電と同時に全身にはいつもの何十倍物電気が流れ出てしまう。突然の強い電流は筋肉を痙攣させ、のたうち回る。充電コードはきつく被検体に絡みつくが本人は体の自制がきかない。ほぼ反射的に筋肉が動いてしまうのだ。また強い電流による心臓部の負担は大きいらしく切り裂くような叫び声が無機質な部屋に響く。熱い熱い。先程までの無表情とは真反対に金切り声を上げ助けを乞い続けるのだ。

「バッテリー交換式にでもできればいいんだけど」

吐瀉物をそのまま撒き散らす彼女をみて五十嵐はつぶやいた。30分後、充電が完了する頃には彼女はいつもぐったりと倒れ込んでいるのがいつもの光景だった。

 助手の何人かが被検体のバイタルサインや神経症状が出ていないか反射の検査を行いある程度のデータを回収する。今日も特に問題はなかったらしく五十嵐以外の研究員は部屋をあとにし他の業務にあたる。残った彼はいつもの作業を始める。ぐったりとした彼女をベッドに戻し彼女の肌を丁寧に拭きあげ、コードで擦れてしまった傷口には軟膏を塗る。乱れた長い髪の毛をブラシでとかしツインテールに結う。宝石を扱うように丁寧に、それ以上のことをするわけではなく彼は彼女が目を覚ます前にいつものように部屋を出ていく……はずだった。

「君、ずっと後ろに居た人でしょ」

今日は姫の目覚めが早かったみたいだ。腕を掴まれた五十嵐はその場で固まった。

​瞳に虚ろを映せ

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