天蓋から垂れ下がる一枚のレースカーテンが二人を俗世から隔てる。制服はそのままにベッドに深く沈んだ二人は頭をなで、外で負った傷を慰め合う。
「私達って本当にそっくりね」
「なんだかお姉様を抱いてるはずなのに、自分を抱いているようで不思議になるときがあるよ」
「じゃあこれは自慰行為?」
「僕達は二人で一つ。きっと自慰行為かもね」
「じゃあもっと気持ちよくなりたいわ、お兄様」
深い深い接吻をし、銀の糸が二人を繋ぐ。糸を手繰り寄せるように何度も行い、その中で服を脱がし合う。真宵の肌と真昼の紫、もはや黒々とした痣達が顕になる。それは体のあちこちに広がっており、少し触れただけでも彼女はいたがった。痣を隠すためにブランケットに手をのばすが、真宵はそれを止める。
あいつらに何されたの、と問う真宵。それに対してちょっとね、とだけ答えそれ以上真昼は詳しく話そうとしない。暴力沙汰になったときは歯切れの悪い返事しかしない。彼女の中でもよくないとは理解していて、けれども手が出てしまうのは真宵になにかあるとき。
なんて健気なのだろうと彼は一層恋慕の思いを募らせる。図書室では見えなかった腕に点在しているそれをご褒美と言わんばかりに吸い上げ、赤く上書きしていく。唇が触れたその瞬間にいつも顔が赤くなるしおらしさにどうしようもない愛らしさを真宵は感じてしょうがなかった。
「でもお兄様のほうがよっぽどつらい目にあったでしょ?」
真昼の手が腰を撫で、下に向かっていく。それはもう触れなくても十分彼女の中に入るための準備が出来ていた。さっきの女のことを思い出し、真宵は自身の単純さに笑ってしまう。真昼はあの女が真宵に何をしたのかは知っていた。あんな女に穢された忌々しい姿が脳裏をよぎり独占欲でいっぱいになった。
「消毒しなきゃ……
口が良い? 中がいい?」
「中」
短く答えた真宵はうつ伏せの真昼に覆いかぶさった。彼もまた早く忘れてしまいたかったのだろう。屹立したそれをあてがえば彼女の秘部も早く早くと涙を零していた。淫靡な音はお互いに求め合う証明に他ならない。とはいえベッドの皺を見つめることしかできない体位に真昼は不満な様子だった。
「やだ、お兄様が見えない」
必死に動こうとする彼女を無視し、真宵は上体を起こす。何度も中をえぐれば、真昼は自身の無力さを知り、被虐のもたらす倒錯とした快楽に屈する。嬌声を上げるばかりで抵抗することを忘れてしまったようだ。
そんな姿は征服欲を刺激し、恍惚とした吐息を漏らす真宵。視線を下ろせばきめ細かいなめらかなはずの彼女の背中一面に痣が広がっていた。真っ白の雪景色が見ず知らずの人間の足跡で穢されたようなそんな感覚。自分が先に汚してやりたかった。
いつも優しく扱っている彼女をこんな目に遭わせた怒りと、もしかしたら自分の知らない表情をしていたの かもしれない嫉妬。快楽以外で苦悶する彼女を見てみたい。そんな興味と意地の悪さから痣を押す。痛さ故に顔を歪める真昼。痛い、そう言いながら涙をうっすらと浮かべた横顔がなんとも扇状的でこのまま目の前の細い首を絞め上げてしまいたくなる。
無自覚のサディストというのは恐ろしいものだ。彼の中に湧き出る加虐心を抑制し、首に噛み跡を残すだけにした。とはいえ我慢しきれず強く噛んでしまったようだ。一筋の血液が首に沿って落ちていく。それでも何かが満たされない、とにかく泣かせたい。何度も甘噛をし、組み敷いてぐちゃぐちゃにしてしまえば真昼の頬を流れる雫の原因が痛みなのか快楽なのかわからなくなってしまった。
「お姉様のそんな顔みたことない。美しい」
「どんな顔?」
「痛い、助けて、って顔」
密着する真宵に溢れる涙を舐められ真昼はいじわる、とだけ言い笑った。
「別の体位がいい」
真昼は真宵に跨る。下から見上げる彼女は細身の体がまるで蛇のような妖しい曲線を描いていた。上から見下げる彼は子うさぎのようで可愛らしかった。このまま獲物へ巻き付くように細い指を彼の首に絡みつける。驚いた真宵に対しお兄様がやりたいことは手にとるようにわかる、私も苦しんでいる顔が見たい。耳元でそう囁く。軽くキスをし、真昼は絡みつけた指に力を加え絞め上げていく。
ゆっくりと首が絞まり思考がまとまらなくなる真宵。意識が完全になくなる瞬間を見極め、手を緩め呼吸を許す。愛しの人間を手にかけているこの状態にエクスタシーを覚え、腰を揺らし吐精を催促する。真昼は結合をぎりぎりまで緩めようと腰を上げるたびにその首に体重をかけ、気道を狭める。そのたびに真宵は苦悶する表情をし、昂ぶる。酸素が足りないのだろう。本来真白なその顔が赤くなって、必死に呼吸をしようとする顔に愉悦を覚えた。
「お姉様、くるし、」
「お兄様、とっても綺麗!
ああ、私もこんな表情をしていたのかしら!」
彼女もまた生粋のサディストなのだろう。今迄のように甘く愛を囁き合うのも好きだが、今日のように歪曲した行為で織りなす狂宴もたまらなく二人を悦楽へ没頭させた。
中にあるものが脈打てば最後の時が近いことを察する。彼は射精自体があまり好きではなかった。自分が動物と変わらない浅ましさを感じてしまうのだ。それを知っているにも関わらず彼女は気にもとめずに首も中も一層強く絞め、彼を煽る。
「お姉様、や、離れて、真昼!」
「おいで、真宵!受け止めるから!」
二人の激情は真昼の中で吐き出され、したたかな静寂が訪れる。蜜壺からその熱は零れ落ち、シーツを汚していく。
ぐったりと倒れた二人がいつもなら低体温で冷たいはずだが快楽で暖かかった。抱きしめ合い、髪を撫であった後、気だるい体を起こし、二人でシャワーを浴びる。
浴室の明るい照明の下、冷静に彼女を見れば、その肌は痣に加え真宵のつけた噛み跡でいっぱいだった。彼の首元には手の跡と、爪によって抉られた傷がくっきりと残ってしまっていた。お互いにやりすぎてしまったという後悔半分と、自分が美しいものを傷つけたというどこか興奮半分。
「ごめんなさい、お姉様。痛くなかった?」
でも他の人間に真宵を穢されたのは悔しい。首筋に一つキスを真昼に落とす。
「お兄様こそ。あのまま殺してしまったらどうしようかと思ったわ」
死んでしまったら私もすぐ後に続くけどね。唇への軽いキスを真宵に返した。
お互いに見つめ合えばその顔が愛しくてたまらなくなってしまう。
「死すら二人を分かつことはできない」
「ずっとずっと一緒ね」
手と手を絡ませ彼らは祈るのだった。