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 太陽が登れば美しい二人も高校生として当たり前の生活を送らなければいけない。朝食を取り、家を出てしまえば薄汚れた空気が頬をなでる。学校へ向かう有象無象に交じり、流されていった。地元ではそれなりに頭がいい公立高校に通う二人。残念ながら双子というのはクラスが別になるのが世の常だ。昇降玄関の前で二人は別れを惜しむ。
「お兄様、またお昼休みに。お気をつけて」
「お姉様も。今日は何も問題を起こさないでね」
「お兄様がしっかりしていれば私もあんなことしなくていいのにね」
 靴箱を開ければラブレターが二、三枚ヒラリと床に落ちていく。そんな他人の想いを踏みにじり、教室へと向かった。
 代わり映えのしない学校生活。いつも図書室で時間をつぶす事が二人の学校中での唯一の癒やしの時間だ。
 浮世離れした美しさを持つ彼らにとって他の人間は醜い泥人形以下にしか見えない。そんな泥人形同士が愛だの恋だのそれらしいことを言っていると笑えてきてしまう。
 ただ美にひれ伏し、隷属する美徳を知らない彼ら。そんな人達に囲まれる数時間は精神を穢されているようで辟易とした。ただひたすらにお互いがお互いに会いたいと望み続ける。
 午後の眠たくなる日差しの中、美しいものだけを映す時間を心待ちにしていた。今日もまたつまらない午前の授業を終え、真宵は図書室で真昼を待っていた。
「真宵、おまたせ」
 扉が開かれ自身の名を呼ぶのは待ち人ではなく、知らないの女。
 名前は興味ないから忘れた。が、厳密には問題児であることは彼の耳にも入っていたし、その顔を把握はしていた。
「真昼ちゃん、今日は来ないから」
 真昼が来ないのは絶対にありえない。教師に呼ばれた可能性もあるが、それにしてもこの女が伝書鳩となって来ることはないだろう。無遠慮に近づいてくる女に警戒心が隠せないがあまり力の強くない真宵。
 そのまま裏の書庫に連れ込まれ、押し倒され。ネクタイで拘束されてしまった。
「僕にこんなことしても良いことないと思うけど」
 高校生活で何度目だろう。真宵はそんなことを思いながら目の前の女を見た。一応進学校のくくりではあるうちの高校でも落ちこぼれというのはいる。頭が良い、と言われた中学生活が終わり高校生活を送る中で、その道を外れていく人間がいる。案外そういう人間は堕ちるのが早いものだ。成績も悪ければ素行も悪い。そして品格すらも捨てているのだろう。
 香水の趣味も悪い、顔も悪い、体もだらしなく豚のようだ。彼は軽蔑の視線で目の前の女を見た。それでもこの女はひるまない。なんならその睨んだ表情すら美しい顔に更なる昂りを覚えたらしい。
「本当に綺麗。男の子とは思えない」
 ズボンに手をかけられれば、それは抵抗なくするすると抜け、露出される性器。女はともかく真宵は特に性的興奮もなければその気もないために役目を果たそうとはしていなかった。かわいい、女は言い顔をうずめ、粘液がまとう舌を彼に絡みつける。浅ましく上下に動く女の頭。あまりの不快感に吐き気を催す真宵。自身がどれだけ美しいかを理解しているからこそ、目の前にある醜い肉塊に捕食されているような気味悪さで頭がおかしくなる。何度このような憂き目に遭っても慣れない。
 一切の反応を示さない真宵に対し、なんとかして媚を売ろうと上目遣いで見、また制服をはだけさせる女。下品に音を立てて吸い上げるのがただただ不快でしょうがなかった。ここ最近の中でも最低だ。蹴飛ばしてやろうかと足に力を入れたその瞬間、乱暴に扉が開かれた。その先には彼と瓜二つの彼女、真昼が立っていた。
「お兄様に何してるの」
 軽蔑、そして強い怒りの感情がその声にこもっていた。片手にはカッターナイフが握られており、それが彼女の明確な意志を表している。自身の兄が女に言い寄られやすいのはいつものことで、彼の上にまたがっている事に関しては驚きもしなかった。ただしこの光景はいつものことだからといって、手出ししたことを許しはしない。
「あいつらとり逃したのかよ……キャア!」
 舌打ちする女の髪を引っ張り上げ、無理に真宵から引き剥がした。女はあまりの痛さに暴れるが真昼はびくともしない。真宵から遠く離れたところまで引きずるとなんのためらいもなく女の毛髪にカッターナイフを滑らせ乱暴に切り散らす。髪の支えがなくなった女は操り人形の糸が切れたように床に落ちてしまった。女は顔面から落ちたために無様にも鼻血を垂らしながら、あまりの凶暴性に怯え逃げるように部屋を出ていった。
 下品な女、と真昼は毒づいた後、真宵の乱れた服をなおす。
「ごめんなさい、いろいろあって遅くなってしまったの」
 拘束をとく彼女の制服は珍しく第一ボタンまで閉められている。いつもは苦しいからと第一ボタンは外しているのに。疑問を持った真宵は自由になった手を胸元に伸ばし、ブラウスのボタンを外していく。下着が見えるほどの露出になったところで自身の肌の状態を思い出したのだろう。兄の手を持ち、静止させた。
 彼の目に映るのは胸元だけでも痛々しく見える痣の数々。さっきの女の言った言葉から察するに取り巻きになにかされたのだろう。先程のことからわかるように、真昼は真宵と比較すれば気性が荒いのは確かだ。暴力沙汰になったのは容易に想像が付く。バツが悪そうに苦笑いする真昼とは裏腹に悲しそうな目をする真宵。
「紫の痣はお姉様には合わない」
 彼女の手を引き、抱き寄せた真宵は皮膚表面の紫を赤く染めるために口づけをする。胸に顔を埋められてしまえば、彼の香りが鼻腔を満たし、頭がぼうっとしてしまう。それはいつも夜に嗅ぐ匂いだからか、それとも元から人を惑わす匂いなのか。そんな甘い刺激や香りに包まれ、その上学校という本来清廉潔白で居なければならない場所での交わり。そんな背徳感には抗えずされるがままにその口づけや甘噛を受け入れる。
 日差しが心地よい中、ふと春風が入り込み花の香が図書室いっぱいに広がった。カーテンは甘美な営みを隠すように揺らめいていく。神秘的と言っても過言ではない光景だった。
「……だめ、お兄様」
 昼休みの終了を告げるチャイムの音が真昼の理性を取り戻させた。
 真宵はこの場ですぐにでも彼女を抱きたかったのだろう。いつのまにか前面が全て開かれたブラウスを直し、彼女は立ち上がる。
「外はあまりに汚いわ。家がいい。あたたかい、ふかふかのベッドがいい」
 大丈夫、次の古典は小テスト無いの。
 僕はまあ、いいや。そんな話をしながら二人は手を取り、学校をあとした。

​鏡合わせのナルシズム

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